こんにちは
先日、長年通っていただいていた高齢の患者さんの虫歯がかなり進行していたので、説明の上抜歯をしました。
後日、ご家族の方から、「わたしたちに病状の説明もなく、年齢も高いのに勝手に抜歯のような治療を進めたのは良くないのではないか」との訴えがありました。
当該の高齢患者さんは、判断能力もしっかりしており、全身的な健康状態も問題なく、ご自身で治療を受けるかどうか選択ができる状態でした。
長年通っていただいていたこともあり、ご本人にしか説明していなかったのが、ご家族の方の不信を招いたようです。
この背景にあるのが、守秘義務です。
今回は、歯科医師に課せられている守秘義務についてお話しします。
〇守秘義務について
守秘義務とは、業務上知り得た情報を業務と関係のない第三者に漏らすことを禁止する義務です。
守秘義務は、歯科医師をはじめとする医療従事者だけでなく、弁護士、裁判官、公務員などさまざまな職業に携わるものに課せられています。
〇切っても切れない医療と守秘義務
医療の守秘義務については、たいへん長い歴史があります。
●ヒポクラテスの誓い
ヒポクラテスの誓いとは、紀元前400年ごろの古代ギリシャの医師であるヒポクラテスが立てた誓いです。
ヒポクラテスが、全ての男神と女神に医師としての倫理や任務などについて誓ったものです。
この誓いの中に、『治療の機会に見聞きしたことや、治療と関係なくても他人の私生活について洩らすべきでない』という一節があります。
これは医師の守秘義務について、世界で最も古く記されたものと言われています。
2000年以上前から医療には守秘義務が発生していたことがわかりますね。
●ジュネーブ宣言
太平洋戦争終結から間もない1948年には世界医師会が、医師のあるべき姿として、ジュネーブ宣言を発表しました。
この一文に『私は、私への信頼のゆえに知り得た患者の秘密を、たとえその死後においても尊重する。』とあります。
これも、医師の守秘義務を表しています。
〇法律にも定められている医療従事者の守秘義務
歯科医師をはじめとする医療従事者の守秘義務は、日本の法令でも定められています。
●刑法第134条第1項 秘密漏洩罪
刑法第134条第1項では『医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏ら』すことを禁止することが規定されています。
ここには『歯科医師』と明示されているわけではありませんが、一般的には歯科医師は『医師』に当てはまると解釈されています。
この法律は、明治40年4月24日に交付されたもので、歯科医師の守秘義務は実に100年以上前から法律に定められているのですね。
●歯科衛生士法第13条の6
歯科衛生士法第13条の6には、『歯科衛生士は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。歯科衛生士でなくなつた後においても、同様とする。』とあります。
歯科衛生士の守秘義務は、刑法でなく歯科衛生士法に規定されています。
●歯科技工士法第20条の2
歯科技工士法第20条の2には、『歯科技工士は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。歯科技工士でなくなつた後においても、同様とする。』とあります。
歯科技工士も、歯科衛生士と同じく守秘義務は刑法でなく歯科技工士法という別の法律に規定されています。
●罰則
刑法第134条第1項には、秘密を漏示したときの罰則も『6ヶ月以下の懲役、または10万円以下の罰金に処する』と定められています。
なお、歯科衛生士法では、第14条で『1年以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金』、歯科技工士法では、第31条で『50万円以下の罰金』に処するとなっています。
〇守秘義務の対象になるのは
歯科医師をはじめとする医療従事者は、次に挙げる項目について守秘義務が課されています。
①問診や診察を通して知り得た患者本人の肉体的特徴、精神的な特徴
守秘義務の対象となるのは、歯科医療の対象である口腔内の情報だけでないということです。
②歯科疾患以外の病歴
現在の病状だけでなく、治療中、および治療の済んだ過去の病気やアレルギー歴についても守秘義務が課せられています。
③現在の病気
現在の病気の症状や経過、診断名、治療方針、治療の予後など、治療に関する情報も守秘する必要があります。
④私生活上の情報
生活習慣の改善などを目的とした日常生活に関する情報だけでなく、住所・年齢・職業・家族構成などの個人情報も守秘義務で守られています。
⑤その他
カルテに記載されていない情報でも、個人を特定しうる情報であれば、すべて守秘しなくてはなりません。
〇本人以外に説明が必要な場合
歯科医療に関する説明を受けられるのは、原則的には患者本人に限られています。
しかし厚生労働省では、以下のような場合に限って、患者本人以外でも歯科医師などから治療の説明を受けることができるとしています。
①法定代理人(ただし、満15歳以上の未成年者の場合は、病気の内容によっては患者本人のみに限定される)
②診療に関して代理権が与えられている任意後見人
③患者本人から代理権が与えられた親族
④判断能力が疑われる場合に、世話をしている親族など
このように書くと難しく聞こえますが、未成年者の保護者の方や、認知症になった方のお世話をしているご家族などから説明を求められた場合は、説明をしなければならないということです。
〇まとめ
今回は、歯科医師など歯科医療従事者の守秘義務について解説しました。
原則的に、歯科医師など歯科医療に携わる者は、患者本人以外に診療で得た情報や治療の方針などを教えてはなりません。
例外となるのは、
①患者が未成年者でその保護者の方
②判断能力が疑われる方のお世話をしているご家族の方
③患者本人が家族の方などへの説明を希望する場合
などです。
冒頭の例では、どちらにも当てはまりませんので、歯科医師側としては守秘義務が発生し、ご家族の方に当院から受診したことを連絡することも説明することもできません。
もし、ご家族の方が治療の開始前に症状や治療法などを説明してほしいのなら、患者さん本人にその旨を受診前に伝えておいていただき、ご本人から当院に家族の方への説明をするように依頼していただく必要があります。
医療には、守秘義務があり、医療は患者の秘密を守ることで成り立ちますから、守秘義務は医療の根幹と言っても過言ではありません。。
これは歯科医療も同じです。
当院は患者ご本人以外の方に病状や治療方針などの情報を漏らすようなことはしていません。
私たちと患者さんの信頼関係が医療の基本であるという視点に立ち、当院は、法令だけでなく倫理的な面からも、コンプライアンスの遵守に努めています。
職員のコンプライアンス教育に積極的に取り組んでいますので、どうぞ安心してご来院ください。