日本の歯科医療において、CAD/CAM冠は近年、保険適用の対象として広く使用されるようになりました。CAD/CAM冠とは、コンピューターを用いた設計・製造によって作成されるハイブリッドレジン冠のことで、金属アレルギーのリスクを低減し、金属価格の高騰によるコスト負担を軽減する目的で導入されました。しかし、その一方で、「補綴物維持管理料」 という制度が歯科医院にとって大きな負担となっており、保険制度のあり方に疑問を投げかけています。本記事では、この問題点について詳しく解説し、より良い制度設計について考察していきます。


1. CAD/CAM冠の特徴と保険適用の背景

CAD/CAM冠は、従来の金属冠と異なり、ハイブリッドレジンという素材で作られています。この素材の利点は以下のとおりです。

  • 金属アレルギーのリスクを低減できる
  • 審美性が高い(白い歯を提供できる)
  • 金属価格の高騰の影響を受けにくい

これらのメリットがあるため、厚生労働省は2014年にCAD/CAM冠を小臼歯(前から4・5番目の歯)に対して保険適用しました。その後、2020年には大臼歯(6・7番目の歯)にも適用が拡大され、多くの患者に利用されるようになっています。

しかし、CAD/CAM冠には耐久性の低さ という大きなデメリットがあります。従来の金属冠に比べて破折(割れること)しやすく、脱離(外れること)しやすい のが現状です。この特性を考慮せずに保険適用を拡大したことで、多くの歯科医院が「補綴物維持管理料」という仕組みに苦しめられることとなりました。


2. 補綴物維持管理料とは?

補綴物維持管理料とは、保険診療で作製した補綴物(クラウン・ブリッジ・義歯など)に一定期間の保証をつける制度 です。具体的には、補綴物の装着から2年間 の間に破損や脱離が生じた場合、歯科医院が無償で修理・再装着しなければならないという決まりです。

この制度の趣旨としては、「患者が安心して補綴治療を受けられるようにすること」が挙げられます。しかし、これにはいくつかの深刻な問題があります。

(1) 材質的に脆いCAD/CAM冠に適用することの矛盾

CAD/CAM冠は、そもそも金属冠よりも耐久性が低く、破損のリスクが高いことが知られています。耐久性の低い素材を保険適用にしたにもかかわらず、その保証を歯科医院が負担する仕組みになっているのは不合理 です。

例えば、従来の金属冠であれば2年間の保証期間内に破損するケースは少なかったため、補綴物維持管理料の制度はそこまで大きな問題にはなりませんでした。しかし、CAD/CAM冠の場合は以下のような事例が頻発しています。

  • 患者の咬合力が強い場合、わずか数ヶ月で破折する
  • 接着剤の経年劣化や咬合の影響で脱離しやすい
  • 食いしばりや歯ぎしりがある患者では、高確率で割れる

こうした問題があるにもかかわらず、歯科医院は2年間無償で再装着や再製作をしなければなりません。この負担が医院経営を圧迫し、結果として「CAD/CAM冠を避ける歯科医院」が増える要因にもなっています。

(2) 患者の使用状況による破損リスクの増大

補綴物の耐久性は、患者の使用状況にも大きく左右されます。例えば、

  • 食いしばり・歯ぎしりが強い患者
  • 硬い食べ物をよく食べる患者
  • 歯の清掃が不十分で接着力が低下する患者

このような患者では、CAD/CAM冠が通常よりも早く破損する可能性があります。しかし、補綴物維持管理料の制度では、患者の使用状況に関係なくすべての修理・再製作を歯科医院が負担しなければならない のです。これでは、歯科医院側のリスクが過大になり、経営の安定性を損なう結果となります。

(3) 診療報酬の低さと歯科医院の負担増

CAD/CAM冠の診療報酬は、金属冠と比べても決して高いものではありません。むしろ、製作コストや手間を考えれば、むしろ低い とさえ言えます。そこに2年間の無償保証が加わることで、結果的に「歯科医院側の負担だけが増える」という状態になっています。

  • 保険適用されたCAD/CAM冠は診療報酬が限られている
  • 2年間の無償修理・再製作を考慮すると、収益が見合わない
  • 結果として、CAD/CAM冠を積極的に勧める医院が減少する

この状況は、歯科医院にとって非常に厳しく、最終的には「制度の形骸化」を招く可能性すらあります。


3. 今後の改善策

この問題を解決するためには、以下のような対策が考えられます。

(1) CAD/CAM冠の補綴物維持管理料の適用を見直す

CAD/CAM冠は金属冠と比べて耐久性が低いことが明らかであり、一律に2年間の保証を求めるのは現実的ではありません。たとえば、以下のような変更が考えられます。

  • CAD/CAM冠に関しては保証期間を1年に短縮
  • 患者の使用状況によって自己負担を一部認める
  • 耐久性の向上した材料(新しいハイブリッドセラミック等)の導入を進める

(2) 診療報酬の見直し

CAD/CAM冠の診療報酬を現実的な水準に引き上げ、歯科医院の負担を軽減することも重要です。特に、再装着や再製作のコストを考慮した報酬体系が必要です。

(3) 患者の自己責任の明確化

破損や脱離の原因が患者の使用状況にある場合、一部自己負担とするルールを設けることで、歯科医院の負担を軽減できます。


まとめ

現行の補綴物維持管理料制度は、CAD/CAM冠の特性を考慮しないまま適用されており、歯科医院に大きな負担を強いています。この問題を放置すれば、CAD/CAM冠の普及が進まず、患者にとっても不利益が生じる 可能性があります。今後、より合理的な制度設計が求められるでしょう。