「歯を抜くよう他の歯科でに言われてしまいました。他に手立てなないでしょうか?」
「抜かずに直すことはできませんか?」
時々そう言った質問を受けます。
●抜歯が必要なケースの様々
基本的には「修復不可能」「治療不可能」なものが抜歯の対象になります。
①虫歯
例えばこのような大きな虫歯。
レントゲンの写真ではわかりにくいので、絵にしました。
歯の出ているところ(歯冠部と言います)がほとんど虫歯に食われて、
中が伽藍堂になっていると思ってください。
治療で虫歯部分を除去するとどうなるか?
根っこだけになってしまいますね。
しかも、歯肉より中に食い込んだ部分しか残っていません。
この状態から人工的にはの形に復旧することが不可能なのです。
歯肉からは出血もありますし、
人工物が体の中(軟組織)に食い込むような治し方は、
結局炎症を起こしてしまいます。
②歯周病
歯周病が進んで骨が吸収し、骨に対しての植わり方が浅くなっています。
元々は骨も歯肉ももう少し上まだあったはずです。
絵にすると少ししか違わないように見えますが、
この違いは大きいです。
骨が下がった原因は二の周りに付着してしまった歯石。
ただ、歯石を綺麗に除去できても、ここまで下がってしまった骨は再生されません。
末期の状態。根の先端の周りが黒いのは、
根が歯石で覆われて、骨との接続が失われた状態です。
ここまでくると、歯のグラグラ(動揺)はひどく無理に噛むと痛いです。
ここから治療で歯石を取ろうとすると、
根尖を危惧で触ってしまうので、歯が抜けてしまいます。
③根尖病巣
根の先端の骨の中に大きな病巣があります。(レントゲン写真の黒い影)
元神経の入っていた「根管」が細菌に汚染されてこうなります。
ですから、再根管治療が必要です。
しかし、目に見えない細菌が相手なので、完全に無菌にできたかどうかが判定できません。
痛むとか、腫れたとかに関係なく、病巣ができている場合も多々あります。
完全に綺麗にできなければ炎症は治りませんから(痛いかどうかではなく)。
歯ごと体の外にばい菌を出してやる必要があるわけです(抜歯)。
●抜かずになんとか直せるのか?
①虫歯を無理して直しています
少々分かりにくいので、絵で説明します。
画面左側の歯。
外から見ると普通に直してあるように見えます、が、
ハリボテ部分(人工物の部分)が大きく、自分の根の部分が非常に少ないです。
右側の歯のようですと、金属の土台であることも含み十分な強度があります。
左の歯はいずれ土台ごともげて取れてしまうはずです。
歯は噛むことがお仕事ですから、噛めば力がかかります。
その力に耐えられない場合は早期に破綻をきたします。
②歯周病で連結固定をしています
図の真ん中の歯は歯周病で歯が動揺しています。
両隣の歯を利用する形で、透明なプラスティックで連結固定をしているわけです。
動揺を抑える効果があるので一瞬治った気になるかもしれませんが、
むしろ両隣の歯に余計な負担がかかり、
しばらくすると、3本まとめて歯周病が悪化する可能性が高いです。
動揺が抑えられたことによって、患者さんが油断して健康な歯と同じように使ってしまうと、
負担のかかりすぎで、3本共倒れになりかねません。
③根尖病巣を放置しています
根尖病巣の場合は、治療にトライをしうまく行けば抜歯はまぬがれます。
しかし、うまくゆかなければ(明らかに汚染されたままだと)歯を抜くか放置するしかありません。
放置した場合、無症状であることも良くあります。
ですが、細菌感染を放置しておくのですから、症状がひどく出る場合もあります。
ときには命に関わる場合も(後述します)。
●困っていないから抜かないでいたい、痛くないし。何か問題でも?
①虫歯の場合
虫歯の場合、今痛くなくても放置しておくと、根が腐ってゆくので、いずれ根尖病巣と同じようなことになります。
もちろん、その前に歯自体が痛くなることもありますが、
必ず痛くなるわけではありません。でもそれは「人生の落とし穴」みたいなものと思ってください。
②歯周病の場合
歯周病の場合、進行すると自然に歯が自然に脱落します。
自分の身体が「もはや異物」と認識した歯を追い出すわけです。
そこまで粘ると、骨は相当吸収されて痩せてしまうので、
後々に義歯に苦労をしたり、
インプラントを入れるだけの骨量が足りない、ということが起きます。
また、粘ることで炎症が骨髄に達してしまうと、
重篤な(命がけの)炎症をきたすこともあります。
③根尖病巣の場合
根尖病巣を「痛くない、腫れていない」からといって放置すると、
いざ痛みはや腫れがきたときに、非常に重い状態になることもあります。
さらに骨髄にまで炎症が及ぶと、39度以上の体温の上昇や、全身の気だるさ、
などが起き、ひどい時は命に関わることになる場合も
稀ではありますが、可能性としてはあります。
命に関わらなくても、
骨の一部が壊死してしまい、分離され塊で出てくることもあります。
この場合は骨が犠牲になって命を救った、という言い方が出来ます。
上の写真、向かって左側の下の歯はもはや根尖病巣なのか歯周病なのか区別できないほどに汚染され、
炎症の元となっています。
しかし患者さんの「痛くないし困っていないから抜かないで」とのご希望で放置しました。
結果一年半後にお見えになった時の2枚目の写真。
下顎の骨が半分くらいに薄く無くなっています。
抜くべき歯を抜かずにいたため、細菌が骨髄にまで及び、下顎の骨の上半分が壊死してしまったようです。
聞くと、「ある日歯が勝手に抜け、その後1cm×3cmくらいの骨の塊が勝手に出てきた」そうです。
骨髄にまで及んだ炎症を、歯や壊死した骨を分離することによって、体外に汚染部分を追い出した。
と言うことで、自分の肉体が「命を守るため」に炎症を解決した、とも言えます。
「場合によっては命に関わる」と言うのはそう言うことで、
この方は、歯や骨を犠牲にした分命を拾った、と言えます。
●まとめ
歯科医は体全体の健康を考えて抜歯をお勧めしています。
一方で、「抜歯を勧めると悪い評判が立つ」という理由で医療側から抜歯という言葉を決して言わないという歯科医師もいます。
私は、抜かずに放置することによってリスクがあるのだから、
適切にお勧めするのが医療従事者としての責務だと心得ています。
自分の損得勘定で抜歯をお勧めすることはありませんし、
そのようなことは法律で禁じられています。
患者さんの側から見ると、
「無理を言えばなんとかしてくれる」という思いがあるかもしれません。
しかし、無理をしても結局上手く行かないことが多いのだから、
歯科医師の言うことには従ったほうがよいと思っております。